感動おすすめ傑作本「照柿」高村薫「海辺で読みたい」第3話

感動おすすめ傑作本「照柿」高村薫 「海辺で読みたい」第3話 1994年 講談社初版

 

 

 

高村薫の小説は、読み終えると、喉が乾きます。

身体中がカラカラになります。

涙も出てきません。

 

その代わり、とても重いものが、心の奥底に溜まります。

そしてそれは、なかなか出ていきません。

たとえば何十年も。

 

この「照柿」もそうでした。

初読は、たぶん10数年前。

いや、もっと前かもしれません。

でも、何かの折に、この本を、ふと、突然、思い出すのです。

筋はほとんど忘れたにも関わらず。

読み終えたそのときの、心の奥底に溜まった、重い何かの、

そのざらざらとした手触りだけが、

ふとした瞬間に、

蘇るのです。

 

 

 

この記事を書くにあたり、久しぶりに読み返しました。

とはいえ、初読した当時の本はすでに家になく、

文庫版を上下買い求め、

二日で読み切りました。

初読の時の、

あの心の奥底に、沈殿した重いものの正体を見極めるために。

筋は、やはり、ほとんど、というか、まったく忘れていました。

だから、新しい本に出会った時のように、まっさらに読み通しました。

これは、

推理小説でもなく、

エンターテイメントでもなく、

ハードボイルドでもなく、

警察小説でもなく、

純文学でもなく、

ただの、

そして、

本当の、

小説でした。

そして高村薫の、一つの頂点でもある。

 

一瞬たりとも気を抜くことなく続く、膨大な文字の数。

一瞬たりとも気を抜くことなく、読み進められる圧倒的なリーダビリティ。

一瞬たりとも、その世界から抜け出すことを許さないがんじがらめの世界。

夢中にページを繰っていくうちに、

徐々に、本当に、徐々に、心の奥底に溜まっていく、

炉で燻る炎に溶かされたコールタールのようなもの。

そのコールタールのようなものが、

いつしか、

自分の平衡感覚を失わせ、

今まで、無自覚に信じていたものを揺るがし、

 

だから、

読み終えたとき、

世界が反転していることに、気づくのです。

そして、その感覚が、

人間の魂がもつ、救いがたい不条理を染め抜いた、

だからこそ、世界一美しい、どす黒い夕闇のような、

照柿色となって、

筋を忘れても、その色は、なお、自分を離してくれないのです。

 

 

 

 

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